工夫するという概念へのアプローチについて

工夫することについて様々な方法があります。
メタ認知や教わることと独学について述べた点もこのことに該当します。

 

 

sports-doit.hateblo.jp

 

 

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自分のプレースタイルができて工夫するという意味合いが把握でしやすいかもしれません。

[テニスのプレーにおいてサーブが打てるようになった]という状態の選手がいます。
テニスを始めてから3ヶ月しか経っておらず自分で全力のスピードを重視したサーブがまだできないとします。
この選手に対して、プレーの工夫をメタ認知として確認することを細かく説明しても、把握が難しいかもしれません。

 

サーブを打つ瞬間力が入っているというアドバイスを受けて、以下の動画を確認しました。

例えば、以下のような動画があります。

www.youtube.com

参考にフェデラー選手のプレーも確認してみます。

www.youtube.com

何が重要なのでしょうか。
「力を抜く」という意識を処理として把握して考えてみます。
例えば、対象の選手は、ボールのインパクトの2秒程度前に腕の上腕三頭筋や長掌筋付近の筋力への力を入れて握力で測定するグリップの力を加えたとします。


インパクト時に力を入れる」という言葉の意味でアドバイスにしたかった場合どのように変化することが望ましいでしょうか。
様々なものがあります。

  • - 自身がジャンプするまで、ラケットを強く握らない
  • - 簡単に割れる水風船を利用してスイング時の力を入れる動作をリハーサルさせ、どこで力が入っているのか確認させてポイント覚える。
  • - 握る動作と振り切る動作を分けて考える練習をして、自分の感覚をポイントとしてではなく無意識で使えるまで反復させる。

 

このことで一番のポイントなのは、言葉の認識と実行される動作はどのような練習パッケージを経験しているのかで異なるということです。
これはどのように意識してきたのかでも違います。

テニスを始めてから3ヶ月しか経っていない選手に、工夫についてアドバイスを述べてもどのようなプロセスでどれだけ行うのかということを考えることが難しいことがほとんどです。

教える方は、選手がどのように言葉を把握して、実行して行くのかということを理解することが重要でしょう。

また、このことに関してどのように利用するかも時に明示的に伝えることも重要になることもあります。
これはサーブについてでしたが、リターンする際のステップや姿勢などでの工夫へのアプローチにどのように利用するのかについてもどこで伝え、教えないケースも利用し、時にその現象について説明をさせて再現させてみることも有効です。


では、「そのタイミングはどこで伝えることがいいのか」という問題を知りたい方は多いかもしれません。
これは、選手が体験した練習の内容、運動をイメージから自身で再現するまでフローの個人差があり、人の処理構造を把握しなければ厳密に把握することは難しいものです。

そのため、選手の行動を現象として把握し、工夫という言葉の概念を練習というパッケージの方法パタンとして細分化することで再現性を高めることわずかではありますができると考えます。


私が選手だった頃よりも、スポーツのコンテンツは様々にあります。
雑誌の連続写真などを参考していた頃よりも環境は恵まれたものだと考えます。
結果のあるモデルはある程度存在しているので、それをどのように利用するのかという問題へ変化しつつあります。

運よく私はそのことに気がつくことができたのかもしれませんが、
それが運ではなくなる日もそう遠くなさそうです。

工夫することそのものは平凡で、結果それ自体が大きな功績を残すことはあまりありません。
これを知識として把握していることは、普通のことだと考えるようになります。
人の知識について、自分が体験している文字が並んでいるケースと並んでいないケースでは認識しやすさなどが違います。

この文章がスポーツであった場合と英語における文字への理解処理が国単位で異なりそれが言語形成概念への影響によって違うためコミュニケーションの文化差異を工夫するという場合では、理解しやすさも異なるでのはないでしょうか。

 

もし共感していただけるのであれば、普通という認識はそこで処理を終わらせることがほとんどだからかもしれません。

人の改善行動を処理としての認識し難い部分もありますが、普通という認識の処理の形成かもしれません。

そして、そこに工夫することが価値が存在します。

どれほど、高度な技術が存在したとしても、工夫の概念における再構築を前提にしたとき、いいかどうか別にそのことについて考え続ける必要があるのかもしれません。

 

以上、工夫するという概念へのアプローチについてでした。