環境を整えることと意識すること

環境を整えることには、多くの人が関心があることだと考えています。

東大へ行くための環境
プロ野球選手になるための環境
家の仕事継ぐための環境

色々なイメージがあるのではないでしょうか。
環境決定因子については様々な考え方があります。

環境決定論などはその極論かもしれません。
参考

環境決定論 - Wikipedia

 

というのも言葉の認識と接続のイメージについては、人の行動を決定してしまうほどの影響があります。
人は自分が体験し直近の内容について考慮しやすいということは容易に想像できます。
ただ、それがどれほどの差なのかについて理解していません。
調査するために定義できる内容が少ないことや再現性が難しいことが考えられます。

環境における大きな要因は、意識することの内容だと考えます。
では、「何を意識するのか」ですがこれについては、以下の点です。

 

  • プレーの詳細について言語化していること(明確でなくても部分的に意識できる言葉であること)
  • 自分自身と目指す目標の差
  • モデルとなるプレーについて把握しやすくなる。

 

このことが意味することは、いくらパッケージ化された環境を用意したとして、
対象となる人が記憶への接続因子を所持していなければ、価値は発生しにくくなります。
メタ認知などはその例だと考えます。

sports-doit.hateblo.jp

 

なにが言いたいのかというと、用意した環境に対して結果から改善することができなければ、
環境を用意することが徒労になってしまうということです。

話を少し分解してみます。
例えば、ゴルフをうまくなってほしいとしてスウィング軌道の参考プレーを動画で確認します。

飛距離の出るプロ選手のスウィングをみることができたとして、
どこが違うのか理解できるかどうかは、体験や自身が持つスキルと比較できる必要があります。
フォロースルーを参考することというプレーへの改善策をプランニングしたとします。

ボールをミートする時にポイントとして右に曲がる癖があるのであればそのことを計算して、
どこでどのようにすればいいのか考え、ボールが自分の思い描くような回転と弾道で飛ぶかをコントロールすることを考慮する必要があります。

選手自身が、その練習と修正のプランを自分自身で把握しなればなりません。
そこで必要なのが、明確に言葉で定義することになります。
ボールのインパクト時に手首を押し込むようなイメージを利用することや、ボールを打った後にクラブを離して投げてしまうなどの練習も考えることができるかもしれません。

重要なのは、プレイヤー自身における動作とプランにおける検証をより明確にすることができるかどうかです。
これはわずかな差ではありますが、1年の連続にした場合大きな差になります。

有名大に行くために環境や、プロのスポーツ選手になる練習法などの様々な本やコンテンツがありますが、
それは、同じような環境を整えたとしても「何を意識しているのか」で異なります。

 

 

プロのスポーツ選手になる練習法を利用したとしても

「言われたことをこなすための練習」
「試合のために行う練習」
では違います、はよく言われています。

「結果につなげるために自分で修正しながら利用する練習」を選手自身が理解し、
自分自身でプロセス化し実行するために必要なことが環境に備わっていることがポイントだと考えます。

 

プレイヤーが所属する集団など環境によるモチベーションの変化こそハードルかもしれませんが、
環境に依存しない選択肢を増やすことは可能になりつつあるのかもしれません。
ネットの情報共有システムは、情報過多のデメリットを含めはするもののこれこそ「何を意識しているのか」で変化するものだと考えます。

高い目標の綺麗事呼ばわりは、簡単にできますが目標から現実への落とし込みは必要で、それはどこかで学ぶ必要があります。


希望学という内容でもありますが、小学校で夢を叶える確立は10%未満だそうです。

『希望学』:東京大学社会科学研究所

 

夢が大切、結果よりもプロセスが大切は、歯に浮くような綺麗な言葉で嫌われることもありそうですが、
暗黙の前提で大切だと語られることにも、意味がありそこに言語化する価値があるのかもしれません。

 

以上、環境を整えることと意識することについて考えたことでした。