理解することを理解するまでのフロー

ここで対象としているプレーヤは中学生から高校生になります。

自分の学習することと自分以外の人の学習することが違うということを理解したのはいつ頃でしょうか。

覚えることには得意不得意があるということは小学生程度から理解していたと考えています。
ただ、厳密にいつ頃から「学習する」という言葉の意味における差を意識することができたかについては覚えていないのではないでしょうか。

この違いを理解するにはメタ認知することが必要になります。
メタ認知とは以下を参考にしてみてください。

 

www2.nara-edu.ac.jp

 

この学習による差を理解しないことには、学習が不得意のプレーヤーは向上が難しいケースがあります。

プレーを向上するための学習カテゴリーを増やすことがポイントになります。
これは以下を参考にしてみてください。

sports-doit.hateblo.jp

 

言葉の概念が違うため、プレーが向上の妨げになる点は以前から考えていました。
今回のポイントとしては、自分のプレーの向上について理解することを理解するには実際にきっかけになる体験が必要になるということです。

言葉でいくら説明をしても指導者の体験を共有することは映像などで把握することが精一杯です。
実際のプレーを見せることができたとしても、脳内で自分のプレーとして置き換える必要があり、映像の認識といえば差はあまりないでしょう。

指導する側としては、理解するフローを理解するきっかけをつくらなくては、時間が経つにつれてプレーヤーは必敗したことを「最善の努力をした」という認識になるでしょう。
このことが何につながるのかというと、練習の目的から「向上すること」が除外されることにつながります。
プレーするスポーツを変更したり、チーム内で別の役割を見つけることにもつながるかもしれません。


例えば、勉強で理解するというフローを確立しているプレーヤーがいます。
(理解するということは、自分以外の他者へ説明できることを示します。)
学習についての理解は以下が考えられるでしょう。
・理解すること
・記憶すること
・アウトプットとして試験で利用すること

この内容をスポーツでも利用することになるでしょう。
そこから実際に自分の体験をどのようにして変更するのかフローを確立することになります。

スポーツでは実際にプレーするには、自分の体で「イメージしたプレー」を再現するということが加わります。

つまり、教えられた動作を再現することについては、「理解すること」について再構築する必要がありそうです。

行動を改善する際における再設計になるかもしれませんが、これには教える側がアドバイスを変化させる必要があります。
自分が行っている感覚をどのようにフィードバックするかを相手が解釈しやすいようにすることの他に、理論と行動の獲得方法が違っているケースを意識することが必要になります。

簡単な例は、緊張しているプレーヤーに「緊張しているぞ」という掛け声では逆効果になるということです。
自分がどのような場面で緊張するのか理解していてもその実行方法まで考慮する必要があります。
スポーツの具体的な例として、野球において以前バッティングの解釈で以下のようなことがありました。

バットを振るという運動で起動が若干異なるだけで、ボールへ伝えわる運動エネルギーが違うということです。
このことは僅かな意識の違いでしかありません。
バットが動く距離で10cm程度の軌道が違うだけなので、ほとんど気がつかないことが多いのです。
自分では、バッタのグリップとヘッドを逆さのようにしている違和感があっても、他者からするとバットの握りが少し変わったように見える程度でしかないものです。

そのため、練習方法や理解する内容を教えたとしてもそれによってプレーが向上するかどうかは方法の実行案まで確認することが理想です。

野球が専門だった私としては、教える側も言葉の概念の説明とそれをどのように実行できるように設計するかどうかがポイントだったように考えています。

もちろん、認識よってはスポーツの競技で動作の認識から改善が必要なプレーヤーもいます。
本などでメタ認知は必要だと理解されていますが、教える側としてはあまりポイントとして扱いにくい題材です。

自分が所持してる記憶の束でスクリプトや接続しやすい知識などをヒューリスティックスなど言ったりしますが、メタ認知が無意識を把握した上で教えることに利用するにはいくつかフローが存在しています。
今回もその例だと考えます。


そして、その状態がスポーツのプレーの向上でも同じことが言えるのです。

メタ認知とスポーツを教えることをつなげること」は、あまり理解されていなかったかもしれません。
「プレーヤーが所持している[行動を改善する意味]と指導者が教えるプレーの向上に必要な[行動を改善の意味]」も同じでつなげることです。
点と点を線としてつなげるという意味では距離が違うだけでこの2点は同じ意味とも言えます。

 

以上、理解することを理解するまでのフローについて考えたことでした。