感覚の定義とその範囲

努力などの定義について前回少しだけ触れてみましたが、今回は「感覚」です。
私としては、言語的に説明が難しいものについてはあまり良い印象を持ちませんが、
スポーツの場合に「感覚」は重要な役割を持ちます。

これは組み合わせにもよりもますが、詳細まで理解しようとするとかなりの組み合わせができるケースもあります。

私が野球をベースにしていたので野球で進めます。
例えば、「ボールをリリースする感覚」という言葉があります。
これは野手と投手で内容が変わるケースがあります。

これでまず、私の説明では3つのカテゴリーに分けます。

[プレーポジション]x[リリース]x[感覚]


なぜポジションを分けたのかというと野手の場合に送球の目的は、対象プレーヤーへの送球になりますが、投手の場合アウトを取ることです。
そのため、カテゴリーを増やす必要があります。
リリースには身体のフォームや身体動作になります。
また、感覚についてはボールをリリースする指先にかかるボールと重力や運動エネルギーの圧力などです。

最初のプレーするポジションで目的の場合違うのは、投げるフォームの他にボールのキレなどがこれにあたります。
ボールのキレについてはボールの回転数やリリースされてからの初速度からキャッチャーミット部分のボール速度などいろいろな説明があります。
野手の場合には目的だけ考えるとスナップスローを考慮した投げ方を決めておけばあまり、問題がないのですが、投手の場合はそれではボールにスピードをプラスすることが難しいので変化させる必要があります。
詳細は、実際のプレーヤーを観察するといいかもしれません。
内野手の多くは、手首を返して対象となる人に手首を向けていることが多いので参考にしてみてください。
youtubeなどで探してみてください。


リリースの部分に関しては、腕の振りとどのようなフォームにするかなどを含みます。
先ほどは、フォームも含めて目的で変化するということで述べましたが、腕の振りを含めた場合の確認はまた別です。

投手の場合考慮する内容が次の試合やイニング数なども含めるため、リリースという言葉で考慮する場合に動作まで含めています。
ピッチングフォームなどは多くの書籍・動画があるのでそちらを参考にしてみてください。

 

今回についてはポイントとしたいのは「感覚」という部分になります。

私の定義では、

「[プレーポジション]x[リリース]x[感覚]」

はボールと指が触れている時間の長さと触れている部分になります。

 


これはボールの握りで違います。
第二関節までボールと指を接触させる場合や親指を立てて握るケースです。
これは私自身の経験になりますが、友人だった投手のボールがキャッチャー頭上を通り抜ける暴投になることを高校まで理解できませんでした。
しかし、それはリリースにボールを握る加減とスピードを意識した腕の振りで違ってきます。
また、ボールを投げる前の動作や握る力の加減で違ってきます。
リリースする時に力を入れるなどありますが、感覚などの調整をどのようにするのかまでは、説明することが難しいので書かれている本や動画を見つけることは難しいでしょう。
また、全体として捉えると投げる時に踏み出した足に体重がのっているタイミングでボールと指に圧力をかけることが望ましいこともあります。

この部分の感覚については、自分で模索して調整していくことで丁度良い獲得する方が好ましいケースが多いからです。
もちろん、身体組成や筋力のバランス、関節部の柔軟性などを見てそれこそ感覚的でピンポイントにアドバイスできる人もいるのでこの限りではありません

 

他にも体の開きなども感覚で考慮する点があります。
しかし、今回のポイントは感覚は絶対値ではないということです。
何が言いたいのかと言うと、疲労や体重の増減などで感覚として同じ運動をしていても違った運動になります。
再現性が必要な場合については、感覚をどのように自分の言葉の意味として説明できるかだと考えています。
セブイレブンのマーケティングで、麺類の硬さを数値化して喉越しの良い商品が売れるという説明を過去見たことがあります。
これは、気候や工場からの輸送時間で変化します。
これらの条件をもとに人の食感という感覚を数値化し、再現性のあるものへ変化させたという例でしょう。

もちろんスポーツで高機能な機器を利用できるわけではないので、自分で方法どのように変化が少ない確認点するか考える必要があるでしょう。

このケースは野球でしたが、サッカーでのフリーキックで無回転にする内容やバレーのアタックでのボールの巻き込みなど感覚は色々な部分で使用することができます。
スキルと呼ばれる部分に感覚はほとんど存在します。
それを定義することは難しいですが一度理解すると失うことはほとんどないでものとなります。
それは町工場での職人さんの技術でも、5教科で必要な記憶、プログラミングでも同じことが言えるでしょう。

 

「感覚だから覚えろ」というのは時には必要ですが、場合によっては無駄なケースもあります。
必要なケースというのは、対象者が自分で感覚を定義して理解し応用が必要な場合です。
自分が通ってきた道だから対象者も同じ経験をすることという理由もあり、それはそれで目的として感情を含めたい場合は問題ないでしょう。
効率を考えると無駄なケースになってしまいますが、効率化の選択することの前提も感情だとすると目的が重要だと考えます。

ただそれでも「感覚」はそれで終わらすことが簡単ですが、人が少なくなる現状で時間が足りないケースが多いでしょう。
その場合なるべく定義化しておくことが望ましいのかもしれません。