挑戦することの期間について

「挑戦」と「継続」についてはいろいろ褒められることがあります。

スポーツやビジネスでの成功の美談について新聞やテレビ、ネットで目にしたことがない人の方が少ないでしょう。

挑戦することはいいことだと認める人は多くいますが、やめることにおいて決断のプロセスについては語られません。
衰退や運営における内容の失敗からの撤退などイメージが悪いこともあるかもしれませんが、絶頂期があれば必ず終わりあります。
どのデータから分析して判断し、やめる決断をしたのかということは理解されることが必要になるでしょう。

初期設定におけるシステムの設計ミスは、ある程度のケースで発生しうるものです。

 

スポーツでも継続することの期間について考えてみてはどうでしょうか。
ここまで継続してきたのだから継続すべきという意見はあるかもしれません。
以下のケースについて考えてみましょう。
人が少ない学校だったため一人でできる陸上競技やり投げをしていたとします。
県内でも五本の指に入る選手にまで成長しました。
高校では、人数の多い学校に進学したため様々なスポーツを選択できることになりました。
友人に勧められてキャッチボールをしました。
やり投げで鍛えられた肩から広背筋の使い方から、遊び半分測ってみたスピードガンの表示が130キロあったとします。
すると野球とやり投げどちらを選んだ方がいいでしょうか。
プロスポーツ選手を目指すのであれば野球を選ぶかもしれませんが、陸上競技の伸びしろ次第では社会人の実業団に努めることも可能です。

判断する内容は、
・現状のプレーのレベル(大会でどのような結果になったか)
・成長する見込み(同じチームでプレーしていた友人が全日本選手になったなどは見込みの期待値が上がるでしょう)
・他者からの評価(メディアからの情報も含む)

人の選択にはアンカリングという内容が大きな影響を持っています。
少し前のTVコマーシャルなどとてもわかりやすい例で、人の選択に無意識に影響されるものだと言われています。
これは次回の題材にしたいと思うので今回はここら辺にしたいと思います。
つまり、TVでの取り上げられ方や学校での指導者や友人の評価などがスポーツの選択に無意識に影響しています。
そのことから考えると撤退やそこから次の挑戦スパンについてのデータ収集を考慮されることが必要かもしれません。

ところで気になるのは判断するスパンがどのように決まるのかということです。
結論を述べると判断するための情報収集の期間は個人の決断に委ねられます。
それは不確定要素が多すぎるということがあります。
だからこそ、継続することをやめることに至ったプロセスの情報収集が必要になるのです。
決断と判断のプロセスについて私たちは大切だとは教えられることが多いですが、使い方についてまで言及されません。
それが将来にどのように影響されるかどうかを他者が体験しやすいようにデザインすることが必要なのかもしれません。

把握しきれていない変数は、以下になります。
意識による注意のリソースを把握しきれていないこと。
(意識そのものの把握もまだ定義できていないこと)
遺伝子における要因と環境における要因のパタンの組み合わせにおける成長の見通しが把握できないこと。
感情をベースに行動が設計されていることの変数により、厳密な行動の検証が行うことが現状困難であること。

これらのことでもまだおおよそでしか確実な挑戦における期間の把握は難しいと考えます。
ですがこれだけの情報が揃うことによってなるべく確実な未来を手にすることも可能と言えそうです。

逆から考えると生まれた時におおよその未来は決定してしまうということになります。
遺伝子を習慣から変更できると言っても、それは一部の人に限られることでしょう。
確実な未来は、挑戦の幅を狭めることでもあるのかもしれません。