過程を大切にすることの意味

前回
過程を大切にすることの意味については次回に言語化してみます。
と言ったので言語化してみます。

「結果ばかり重視している」などといいう言葉は聞いたことがあるのではないでしょうか。
これは逆から考えると過程を大切にする価値があるということになります。

しかし、過程が重要という理論を語る人に私自身あまり出会ったことがありません。

視点を変化させて考えてみましょう。
結果主義におけるアメリカ的なインセンティブを重視した考えは、
家族経営的な日本には合わないという言葉を聞いたことがあります。

これは、結果だけでなく過程を評価すること、
努力した点も評価の対象にするというような見方もできます。
成果に直接つながらなくても評価するという点でモチベーションの維持に繋がりやすいなどの利点があります。
どちらがいいかについて長期的に成果につながったことを評価したなどの見方があるのでここでは言及しません。
成果主義ではない点は学校などの影響もあり文化的な側面も強い印象を持ちます。

スポーツについて考えてみましょう。
スポーツにおいて過程を大切にすることは努力を評価することの意味に近いと考えています。
しかし、スポーツでレギュラーを目指すにはあまり努力は関係しないケースが多いです。

もちろん、頑張って試合の出場機会を確保するという部分から評価されたということはあるかもしれません。
ただ、勝利を目標にするのであれば努力したことばかりが評価されるのは好ましいとは言えません。
また、スポーツそのものもある程度の結果にならなければ、継続して努力することは難しくなります。

過程を大切にするためには以下の条件が必要になるでしょう。
結果につながること
評価基準が選手全員の批判とならないように設定されていること
過程の評価された選手が納得できるもの

過程を大切にすることの意味で最重要視されるのは、「温かみがあるから」という印象値よりもどのように結果につながったのかを証明できることにあります。

これは再現性のある結果を生み出すことができることを目的にしています。
何度か結果の良い試合になったとしても、それを目的とする大会で利用できなければ価値となりにくいものでしょう。
もし、これを読んでいる多くの人が改善することを目標の前提条件としているのであれば、これまでの言葉よりも大切にすることがあります。
ここで確認しておきたいのが「過程を大切にすること」においてテキストに価値があるのではありません。
今までの習慣となっていることから何かしらを変化させることで、結果になったプロセスをデータ化ないし基準化することでこれまでの成果を上回ることに価値があります。
もちろん環境は常に変化するので、試合の勝率を維持することは評価に値するケースもあります。
(環境が変化すことで、自分たちも変化したことによる現状維持など、評価されるケースは様々だと考えます。)
環境因子、対象となる相手、自己の要素などから考慮して適切な評価基準を形成する必要があるでしょう。

過程の評価基準には、気をつける必要があります。
それはチーム全体のモチベーションに関与するためです。
仮に野球で毎日個人の練習で、チームの全体が認める練習量をこなしていたとしても打率1割未満で全試合の出場機会を得ることになるというのは、勝つことを目的とした選手にとっては不満になります。

結果や機会、過程のためにしたアクションなどから考慮して決定する必要があります。

そして、過程を評価される選手自身は、それが自分のしてきたことに見合っているかもモチベーションの維持に関係してきます。
もちろん、説明しなくても良いケースの方が多いですが、わずかでも結果につながっていることが前提ですので過程の評価された内容は評価する側が理解している必要があるでしょう。

過程を大切にすることに関しては、誰が使用するかで目的も使用方法も変化します。
今回は、全体的な部分から大まかに説明しましたが、個人と組織で大きく異なります。
過程を大切にすることはスポーツでも会社でも家庭でも機会があるでしょう。
一度自分にとっての過程の意義をプロセス化しておくことはいいかもしれません。
人は合理的であろうとする存在であって、合理的でない決断を部分的することがあります。
それが、望ましい結果をもたらさないケースもあります。
今回の過程の大切さにおいてプロセス化することが求める結果の一つのピースとなれば幸いです。

以上、過程を大切にすることの意味について考えたことでした。