健康を維持するときに選択する基準についての考察

今日では色々な健康を目指すための文章を見かけます。
「〇〇ダイエット」や「〇〇健康食品」などのように色々な健康を願望とした文章を読むことができます。

ただ、結局は痩せようとする行動について考えると自分の意思を試すための試練でしかないように感じられます。
体脂肪を減すための知識は高校か中学校ぐらいの保険の教科書で基礎は学習します。

BMI指数などは聞いたことがあるのではないでしょうか。
【参考】厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト



ですが、特に難しいことはあまり考えることはなく、1日に消費するカロリーと摂取するカロリーの和がマイナスになれば良いのです。

その目先の手段として、「〇〇ダイエット」や「〇〇健康食品」というモチベーション上げる道具を使うということになります。
こんなものは知っているし、私の行ったダイエットや運動方法は他のものとは格別に違っているという意見は、ネットだけではなく様々な箇所で見られます。
もちろん、テキストの文章に対して、自分の信念や感情の移入によって物理的な効果以上となるものは否定しませんし、
それで自分が望む結果になるのではあれば利用すべきででしょう。

では、次に例について考えてみます。
健康食品について選ぶ時はどのようにして選んでいますか。
では次に健康食品の選び方ではなく自分の基準について考えたことはあるでしょうか。

味覚を含めて自分が健康でいることが幸せになるのか、痩せれるのか、血糖値を下げるのか、炭水化物を控えることができることなのか。
仮に自分が選択した食品が効果のあるものだとして、それはどの程度必要で、どのような周期で摂取すればいいのでしょうか。

物理的に考えると以下が大まかなカテゴリーになるでしょう。
どのような栄養物質を補給するのか。
どのような方法で摂取するのか。
摂取するタイミングはいつになるのか。

シンプルに考慮した時、後は文章や写真、自分が持っている記憶のイメージなどで食品を選ぶことになります。
健康になるための選択は普段自分が考えない行動の部分をどのように意識化するのかが重要になるでしょう。
実際に自分が健康を保つために必要な栄養素やその摂取方法が何か知れればあとは、意思とモチベーションと習慣の問題になります。

現在ではかなり多くの商品があります。
その中にはあまり消費者に好ましくないものもあるでしょう。
ただそれは、騙されないようにするというよりは自分の判断基準を作り、それを守るためにどのようにしていくのか考えることが必要になるということです。

理想は、消費者の判断基準によって効果のない粗悪な商品選ばれず淘汰されるところにあるのでしょう。
ですが、この意見はあまりに綺麗すぎるかもしれません。
もちろん願望と行動は独立しており、意思を持ったから行動するわけではありません。
中には、1日の限度量を超えたアルコールを摂取して、健康を維持するためのランニングしているという人もいるでしょう。
また、自分自身にとって有利な理由をつけることは、得意な人もいるでしょう。
例えばタバコを吸うことで健康を害することは知っていてもそれによるストレスで寿命が減る、
だから喫煙はしつつ健康を維持するという巧妙な理由付けなどで意思は簡単に変化します。

人は常に合理的には行動せず、制約のバリデーションのない意志もまた強固なものではありません。
このことを前提にした時、問題への解決策となる糸口は生まれるのかもしれません。
スポーツと同じで日々の習慣の連続でしか、より良い結果を得ることは難しいのです。
有名なスポーツ選手のプレーを真似してもそれを実行することは難しくコンディションを維持することを含め運動スキルを獲得した過程などから考慮する必要があります。
難しく考えすぎる必要もないとは思いますが、何か1つの行動だけで健康を維持できるというほど、私たちの体が簡単な構造だということも受け入れがたいものではないでしょうか。
理解はされたいけれど、私という人間はそんなに単純ではないというパラドックス的なものに似ているかもしれません。

健康を維持することに関しては、運動・睡眠・食事のバランスが大切になりますが、全て意識して生活することは難しいでしょう。
生活習慣を変化するには無意識への行動に変化させてから次の行動を獲得していくことになります。
スポーツでもこれは同じです。
意識下にある行動が無意識下へと変化することで次の行動獲得へと変化します。
テニスで言えば、最初はラケットでボールを返すことを目的しますが、それを無意識にできるようになれば、次はボールを相手が打ちづらい場所へコントロールすることに変化していきます。

結局健康を維持するのは普段の自分の行動を観察することになります。
よく有名な人が健康維持のためにしていることが取り上げられます。
それはその人の理論があり、努力の末にもたらされた結果ですばらいしいものでしょう。
これは私たちが「何を見ているのか」ということです。
私たちは何を見たのかと同じくしてどのようにしてみているのかも考える必要があるのかもしれません。

以上、健康を維持するときに選択する基準についての考察でした。