メタ認知とヒューリスティックス

行動の改善において重要な役割となるのがメタ認知だ。
メタ認知をかなり簡単に言うと「認知についての認知になる」。
つまり、自身がどのように学習しているのかというプロセスを考える手段にもなり得る。
メタ認知的活動としてのモニタリングには認知についての気づき、感覚、予想、点検、評価などが含まれている。

例えば、ゴルフのスウィングの飛距離を伸ばすことについて考えると練習をすれば良いという処理になりがちだ。
だが、飛距離をどのように伸ばすのかで練習方法も変化する。
目的に沿ってマネジメントされていない練習をしていては、非効率な練習になる。
狙った場所へボールを打てる飛距離の向上となった場合、アウターの筋力だけでなくインナーの筋力の向上も必要になるだろう。
ゴルフにおけるスウィングの癖や体格、プレイスタイルなどでどの程度でどの部分の筋力を向上させるかが決まり、変化させる箇所を決定する。

このようにメタ認知のコントロールには、目標設定、計画、修正などが含まれ行動の改善に必要になる。
メタ認知的活動は無意識の状態でも行われることもある。
そのため、必ずしもメタ認知的活動が思考や話し合いの対象とはならない。
だからこそ、トッププレイヤーの中には他人へ自分の成長した過程を説明できないケースもある。
これは、自己における行動修正が意識下によるものではないため、改善フロー1つ1つを定義化していないことが理由とも言える。
名選手が名コーチにならない部分の理由の1つなのだろう。

学習行動においてメタ認知的活動が重要な役割を果たすことは理解できる。
メタ認知の活動が正確できていれば、私たちはエラーを起こすことはないだろう。

エラーにもポイントがある。
それは、知覚、解釈による処理、実行のプロセスにおける部分だ。
とくに処理における部分のエラーについては致命的なものがある。

それはヒューリスティックスについての問題解決機能が要因となりやすい。
しかし、認知におけるスキーマスクリプトによって形成されているヒューリスティックスがヒューマンエラーになりやすいのは限定した部分で許容する必要がある。

ヒューリスティックスは、問題解決において過去に経験した手続きのことを示しており、認知容量を使用しないものが多い。
人は問題解決においてヒューリスティックスを使用しやすいのだが、これについては通常の作業処理を行う場合非常に役立つ。
間違ることのリスクを背負ってでも私たち自身はヒューリスティックスを使用した方が快適に生活することができる。
そのためヒューリスティックスのリスクを理解して処理を継続するか、処理によるエラーのポイントとなる部分へあらかじめ対策処置を行うことになる。

これまでのスポーツにおける指導で、体罰などを利用してきたことにも同様に理由が言える。
一度成功した指導方法の処理(ヒューリスティックス)が間違いだと指摘されるまで利用してしまったのはある意味人の惰性なのかもしれない。
現状の人の処理における簡略化のためにヒューリスティックスが利用されることは、前提として理解しておくことが必要になる。
全ての事象や物事において何度も時間のかかる処理を継続していくことは認知的な負荷がかかるからだ。
だとすれば、私たちは自分自身の評価と判断の基準において確認する術を所持することが必要になる。

メタ認知が重要ということは、多くの文章によって知ることができる。
その理解があれば次は、どのようにメタ認知を設計していくのか把握と検証からの改善行動がポイントになるだろう。

以上、メタ認知ヒューリスティックスについて考えたことでした。