自分の動作の理解には限界がある。

最初に述べておくが、限界を理解することと能力のギリギリまで理解する努力をすることは違う役割がある。

簡単な動作も訓練しなければできないことが多い。
例えば直立不動の体制から地面と平行に両腕を上げるという動作はできるだろうか。
私は実際にしてみると、若干腕が上に上がってしまっていた。
簡単な動作でも自分の感覚を重視して行うことで実際にはズレてしまっていることがある。
何度か訓練することで両腕を地面と平行に上げることが可能だ。
これが意味するものは感覚のみのチェックで行う動作は、一定の維持をさせることが難しいということだ。

感覚のみで確認・検証することは過去に結果を出した動作と同じことをしているつもりでも、違う動作になっていることもある。
(スランプの状態に近いケースもある)
だからこそ、動作の検証には自分以外の客観的な部分が必要になる。
客観的になってチェックすることが必要だという話は良く聞く。
これは自分の記憶、思考、解釈、判断などがバイアスの影響を受けているためだ。
もちろん中立の考えを持っていて自分の理解する動作フローが正常に働き、公正な判断ができる人もいるだろう。
それは部分であって全体とは言い難い。

だからこそ動作へのズレは誰でも発生する。
プレーヤーは一度成果を出したフォームを再確認するフローが発生することになる。
これは練習で調整することが必要になる。

この場合使用するチェックリストをどのように定義するかということがポイントだ。
水泳の自由形であれば、腕をかく場合の腕の入水角度や、顔の上げ方や足の動きなど様々な箇所があげられる。
自らで運動の改善できる範囲によってチェックリスト化することが重要だ。

ただし、チェックリストも使用できるのは、チェックリスト作成時の状況を維持できた場合のみ有効だ。
どういうことかというと成長期や加齢による筋力の衰退などによってチェックリストが使用できなくなるケースもある。
これはプラスと考えられる肉体改造の場合にも同様だ。
運動獲得時の動作の筋力の状態は、肉体改造後とは異なる。
当たり前のことを述べているが、筋力の重さが加わった分運動時にかかるコリオリ力が変化する。
筋力の重さが加わった分の調整が必要になるだろう。

自分の状況が変化すればそれだけチェックする部分も変化する。
大幅な肉体改造がうまくいかないケースは体の状態が変化しているにも関わらずチェックポイントが変化しないためと考えられる。

自分の動作の理解については、運動の内容ばかりを気にしがちだ。
しかし、自分の状態についても把握しておく必要がある。
筋力の低下から、疲労の状態に至るまで状況の把握も多岐に渡る。
自らのコンディションが良い場合と悪い場合ではフォームの確認も変化することが前提になっている必要がある。


自分を理解することの限界の把握が、自分を理解することの一歩目なのかもしれない。
ここで疑問になるのが、限界を把握することで成長が鈍化する可能性のことだ。
自分の限界を設定していることが、自分の設定した能力以上のアクションをしないということにつながるからだ。
しかし、どこまでが自分の限界なのかという点を把握していることは挑戦するラインを明確にすることにもなる。
挑戦も無意識化している部分を意識してみると自分の違った側面と向き合えるのかもしれない。

以上、自分の動作における理解の限界について考えたことでした。