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問題解決について考えない現状

問題を理解することと問題の解決方法を学ぶ機会はある。
しかし、問題の解決策の適用について考える機会は少ないというのが現状だ。

例えば生活習慣病は問題だとする。
そして解決策は、バランスの良い食事をすることだとする。
しかし、解決策が使えるかというとそうでもない。
というのも人は自分のルールみたいなものを作り自分自身に甘くなってしまうケースがある。

例えば糖分を控えているにもかかわらず、今日多く食べ過ぎた分明日は控えればいいといったことなどだ。
現実的に考えると、1日における摂取量は決まっているのであまり好ましくないことになる。


ここでどのような手段があるか考えることになる。

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・食事を含めたお金の管理を誰かにお願いすること。
・食事についての解釈を変化させる体験をすること。
(間食する前に必ず、太って不利益を被る動画を見るなど)
・食べ過ぎないような手術を受ける。
(日本で可能かどうかも含めて調査が必要)

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このように問題解決について現実的に考えるということが少ない。
解決策があるということで問題が解決したと思うことが多いためだ。
そもそもの学習習慣がないということもある。
クリティカルシンキングを利用する授業は海外でも行なわれているが、
日本で行なわれているものとは質が異なっているように感じるのは私だけかもしれない。

中央教育審議会高等学校教育部会によって過去に推進されている。
ところがこの問題の解決策は現実的ではなく、クリティカルシンキングを利用していないというパラドックスが存在している。

現状の教員は忙しく実用的にするには、難しいという声は確実にあるだろう。
だが問題解決について考えることは、部活や勉強など通常のことでも使用するのも可能だ。
さらに言えば家庭科や技術などを選択授業にするなどして(現状の仕事として選ぶ機会が少ないものを選択授業にする。)、
時間を作ることの方が優先にした方がいいだろう。

もちろん家庭で教えることも1つの手段だ。
学校教育だけでは補えない部分は家庭で補うことになる。
また、現状の状態にしているのは家庭からの要望があり、学校で働く人のリソースを使用していることもある。

クリティカルシンキングをスポーツで利用する位置づけとすることも可能だが、指導者の力量によるだろう。
クリティカルシンキングが実行されるためにクリティカルシンキングが利用される日を願いたい。