読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

環境に影響される意志。

www.nikkan-gendai.com

キューバの社会とアメリカの社会でどのような教育を受けるかという問題もある。
グローバル化という意味では、アメリカで教育を受けた方が良いとも考えることができる。

これは学習する環境を移動するという意味にもなる。

農業をするなら、高校から組織の仕組みを理解できる場所の方が好ましいだろう。
(つまり、JAから個人事業主の経営を知れる確率が上がる田舎の農林系の学校)
プログラミングをするならば、都心にいた方がまだ有利だ。
プログラミングに関しては、ネット上で教育を受けることができるために、今後変化する可能性はある。

しかし、プログラミングをする人が好む環境が未だ都心に依存しているように感じる。
(栄光欲に近いもので、プログラミングをすることが「カッコ良い」「すごい」といったことにつながること環境が都会にあるということだ。)


また、以前述べたが教員の数と生徒の数から考えると、都心で35人学級の場合と複式の7人程度の学級の場合は複式学級の方がむしろ教員が密接に指導できるように見える。

教員の数と教えられる子供数で教育の質を考えることができるのであれば複式学級を選択する人もいるだろう。

 

学習における他者の注意が対象者への意識へと関与しやすいことが選択の理由と考えられる。
何を意識するかが重要だという点はもう多くの人が理解している。

ところが自由意志での進路選択決定は思った以上に環境から制限されている可能性もある。
もし、身近な情報における刷り込みによって脳内の情報が整理されているのであれば、
私たちの将来は環境に依存していることになる。

実家が味噌を作り販売しているのであれば、嫌でも発酵などの知識にいて知る機会が多くなる。
これは生まれて成長する環境が人の進路に大きく影響しているとも言える。

また、関与する人も当然大きく影響する。
プログラミングの部分でふれたが栄光欲に関連するものだ。
これは、動機付けがなされやすいもので将来の進路を決定することは少なくない。
コンテンツがネット上に溢れている今勉強における学力の格差は少なくすることも可能だろう。
もちろん、信頼できる情報やどの動画を使うかなどの判断が難しい側面もある。
しかし、実際は格差社会の差は広がっていく傾向にある。
(年収と学力の関係において様々な議論があるものの、現状は年収と学力が関係していると考える。)
お金を学習塾などの習い事に使い学力が上がることに関して考えると、良い学習コンテンツだけがあるだけでは人は学習するとは限らない。
となるとだ。
周りに関与する大人や友達などの要因が学力の向上を大きく左右しているのではないかという仮説が生じる。

私たちは思った以上に自分が生活している環境に左右されやすい。
未来の子供たちのためにできることは、「伝える」ことはもちろん必要だ。
しかし、本当の意味で「伝える」ことがわかるには時間がかかる。
「伝わる」には「教育」の部分と「環境」の部分両方の関与が必要なのだろう。

以上、キューバの選手流出問題から考えたことでした。