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ケースによって使用する限界。

「限界を自分で設定するな」という響きの良い言葉を聞いたことがある人は多いのではないだろうか。

この言葉が意味するものは、様々だ。
限界を自分で設定することで成長できたにもかかわらず、
途中の目的までの部分で終わらせてしまい、成長ができないためという解釈を私はしている。

ところが限界を知らずに設定する目標ほど実現可能かどうかわからない部分がある。

実現可能な目標設定は何度かの挑戦によって現実味を帯びてくる。
それが失敗という少し強めのスパイスによって目標の設定がうまくいきやすくなる。

確かに成長する機会があるのにも関わらず見逃してしまうというのはもったいないかもしれない。
自分のできる範囲のみでしか目標を設定しないというのは、成長志向が好まれる社会から逸脱しているように感じる。

しかし、限界を設定されていない目標の場合確実性を欠く。
仕事で確実に相手の満足を得る必要がある場合、自分のできることの限界を知っていることは必須になる。


限界について言えば設定していい局面とそうでない局面があるということになる。

また、ここで考えて欲しいのはもったいないから限界は設定しない方がいいという意見についてだ。
目的がないのにも関わらず、成長することを望んでも得られる結果は期待したものに足りない可能性もある。

国の経済のように停滞となりつつあるにも関わらず、斜め上の成長を目指そうとしていることに似ているかもしれない。
ここで言いたいのは、目的を意識した現実的な成長を目指すことが好ましいということであって、成長を望むことが悪いということではない。

というのも意識せずになんとなく頑張れば良い時代よりもモチベーションが保ちにくくなりつつある。
その背景は様々だ。
人口の減少、成長の停滞、経済への期待値の低下などあげていけばきりがない。

だとすればどのようにすることで成長意欲が湧くかということになる。
ここで使用できるのが現実的に達成可能な目標設定ということだ。
ただ、リスクばかりを考えすぎて成長しなさすぎるのは自分の身を危めてしまうことになる。

成長志向もリスク思考もいい面もあれば悪い面もある。
それはやはり使いどころなのだろう。

何を持って成長なのかということも考える必要があり、
限界の設定は、意識と目的の延長線上にありそうだ。

以上、限界について考えたことでした。