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フィードバックのチェックについて

改善したり、新しいもの生み出すことについてフィードバックは必要になる。
多くの人は、反省しそこから改善することは重要だと感じているのではないだろうか。

しかし、自分のみで行うフィードバックについては確認できない部分もある。
フィードバックそのものについて色々なやり方がある。
ところがシンプルに理解できることについてのみ考えてみるとそうではない。

人が理解するという観点から考慮してみるのだ。
それから考えてみると以下のようになる。

フィードバックしたい出来事を自分で解釈する方法。
フィードバックしたい出来事を誰かが解釈してそれを聞く方法。
フィードバックしたい出来事を何かに記録して自分で解釈する方法。

シンプルに考えるとこれの中のどれかになる。
1番目の自分自身で全てフィードバックしていくというのは、手軽にできるものだがその分、自分の解釈に頼ってしまうことになる。
つまり、何が言いたいのかというと自分でできることには必ず限界があるということだ。
自分のみでのフィードバックについては、ほとんど死角が発生する。
これは解釈という自分のフィルターがある限り発生してしまうものであるため、常に発生するリスクとして考慮する方が好ましいだろう。

2番目は誰かにフィードバックする出来事を確認してもらうことになる。
これは、専門的な人からフィードバックしてもらうことが理想的だ。

3番目は、ビデオカメラや携帯電話を利用することが考えられ客観的に観察する方法としては最適だと考えられる。


理想的なのは、定期的にどこかで自分意外のフィードバック機能を使用することになるだろう。
自分で絶対に死角が発生しないという方は自分のみ確認することが望ましいのかもしれないが、その可能性はかなり低いだろう。

適切なフィードバックとは何かと考えた時、自己の観察が正確に行われていることが前提だ。
観察については、自己確認の限界を理解していることが重要であり、客観的に観察できる方法を吟味してみた。

なぜ自己の限界があるかというと、人の感覚は曖昧でもある。
野球のバットスウィングから考えてみる。

野球のレベルスウィングを目指して練習しているが、現在はダウンスウィングの状態だ。
レベルスウィングを意識して、少しアッパースウィングをイメージしてスウィングしてみるとしばらくの間レベルスウィングとなる。
だが、イメージの変更をしなければ体が慣れてしまいその後アッパースウィングになりやすくなる。

実際に自分が行動していることはイメージしていることと異なってしまうケースがある。
それが今回のスウィングのことだった。
自分が行動している時、常に自分の行動を見ること(確認する)はできない。

ものすごく当たり前のことだが、常に見て行動することができないため、イメージしている行動からギャップが生じてしまってもわかりにくくなってしまうのである。

日常の姿勢などでも同じことが言えるのではないだろうか。
良い姿勢を意識していても、普段の姿勢が悪い場合姿勢が崩れてしまっていることがある。
これは、両方の肩のバランスや骨盤の傾きなどの感覚が変化して、良い姿勢をイメージしてもそれが良い姿勢でなくなっていることがある。

つまり、当たり前のことの当たり前にするためには、その評価基準が適切であるか確認する必要がある。
それが今回のフィードバックの自己確認へとつながっていく。

思った以上に人は自分の行動を認識することが難しいのだ。