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才能ある人と努力した人が指導した時に出る差。

才能のある人とはまず、どんな人だろうか。
練習でなるべく時間を使用せずに運動スキルを上げることができる人。

努力した人とは以下のことができること示す。
練習に時間を使用して運動スキルを向上させることができる人。

どちらも結果的に運動スキルを向上させているが、そのプロセスが違ってくる。
この両者がスポーツを指導するときに差となるものは、教えるときのバリエーションになりやすい。
教えるときに使うのが、知識・過去の体験だ。
つまり、自分が努力して使用した時間を教える側にアウトプットすることになる。

才能のある人は、最小の努力で運動スキルを向上させることができるが自分の運動したことについて、言語化やリハーサルをすることが少ない。
そのため、教える立場になったとき相手に理解してもらうためのバリエーションが少ないということが起きる。

優秀な選手が良い指導者になりにくいというのはこのためだ。
逆に工夫して努力することに時間を使用した選手は、自己が運動スキルを向上させることにつながった壁やコツを知っているケースがある。
そこから、多くの選手にとって理解しやすい指導方法を確立することが多い。

もちろん、才能のある人でも教えることに長けている人はいる。
逆に、努力に時間を使用した人でも教えることが苦手という人もいる。

今回の場合、努力することに時間を使用することによって工夫する確率が高くなる。
そのため、多角的な視点から物事を考えることで指導するケースに応用することが可能になった時のことになる。

プレーすることがうまい選手がどうしても良い指導者でないこともある。
その時、そのような指導者でも指導内容を理解する必要がある。
理解には、指導者が言っていることの言葉の背景とイメージまで把握する必要がもあるかもしれない。

ここまでスーパープレイヤーが良い指導者とは限らないことについて考えてみた。
これまでの文を考えてみると、努力した人がよい指導者になる確率が高いという見方もできる。
しかし、努力の方向性も間違えてしまう場合もあり、努力した人が良い指導者でないケースもある。

そうなると気になるのは、どうやって指導者を選ぶのかという点だ。
選ぶ時に使用するカテゴリーは、以下だろう。

選手としての過去の実績(所属していたチームも含む)
指導者としての過去の実績(所属していたチームも含む)
実際に指導を受けた選手からの評判
話している相手への配慮(アウトプットしている情報)
(相手の運動レベルと知識を把握して理解しやすい情報をアウトプットすること)

知名度で選ぶことも可能だが、自己でそれなりの選択基準を持っておくことが必要になってくる。
自分が選んだ内容を把握しておくことで後悔することが減少するのだ。

カテゴリーについて考えた結果から理解すると私たちは思った以上に選択を社会的な評判によって左右されているのかもしれない。
多くの人にとって選択はよく考え抜かれており、できる限り後悔することのない幸せな選択を試みてることがほとんどだろう。

信じている評判などの情報は誰かの解釈を含んでいることもあるが、量が増えることによって信頼することもできる。
ただ、それが明確な指針になるかというと過言であり、自己の決断に責務は委ねられている。