ヒューリスティックと選択

選択することは自分の過去や直近に見聞きしたことに委ねられる。
代表性ヒューリスティックの影響も大きく、第3者の視点で考えらるフローもしくは機関が必要になってくる。

人は、認知的な負荷を減らす傾向にある。
例えば、1つのクレジットカードの手続きをしたとする。
この時に作業した入力フォームをデフォルトにしやすくなる。
違うクレジット会社の契約でも、前回手続きした同じようなフローを再現しやすくなるのだ。

過去に使用した経験を利用した場合が多い。
スポーツで考えるとテニスラッケットのスウィングを例にしてみる。
ボールを上げて、ボールがサーブしやすい位置まで落ちてきたときに腕をテイクバックして、肘から腕が抜けるように動かし、ラケットのスポットにボールを当てることを常に意識することは少ないだろう。
少なくとも運動をスムーズにできるようになってからはそれほど意識しなくなる。
最初は意識していても後から意識せずに運動していくように人は認知的な負荷を減らしていき行動に反映させていく。

さらに人は代表性ヒューリスティックなどを使用して認知的負荷を減らし、日常の作業を楽にしている。
これは常に私たちの選択において思考は熟慮されていることが少ないのではないかという仮説になる。
作業スピードを上げる場合に代表性ヒューリスティックを使用することはよくあることで、ミスをする確率もその分上がることになる。

実際のところ、いつも同じ選択で考えていては1日の生活することにリソースが足りなくなるだろう。
もちろん、必要な部分のみを考慮し、時間を使用して問題に取り組むことになる。
この比率は個人で異なり、選択の一部でもある。

さて、ここまでヒューリスティックを使用することについて考えてきた。
ところが、大きなエラーとなることもあるのがヒューリスティックでもある。

多くの人にとって少しでも後悔するようなミスを少なくしたという願望から、ヒューリスティックを使用することが望ましくないものだと考えている人は多いはずだ。
ところが、ここまで読んで理解した人はわかると思うが万能なものはなく、ミスを少なくしようとすると時間がかかりリソースが必要になる。    
選択でどのことにリソースを使用することになるか考える必要があるということになるだろう。
また、選択する基準となるものでは固定的な数値となっているものが必要になる。
というのも私たちの知覚は曖昧で、感じ方で印象が異なってしまう。
次のことを考えてほしい。
冷たい水、常温の水、熱いお湯の3つがある。
5度の冷たい水にしばらく腕をつけておくと常温の水が暖かく感じてしまうだろう。

(むしろ熱く感じてしまうかもしれない。)
つまり、前の体験した内容で常温は変化する。

このように私たちの選択は直近の体験に影響され、経験値から絶対的だと考えやすくエラーとなるケースが多々ある。

だがそれも人が学習する過程で必要となる失敗なのだろう。

ヒューリスティックを使用せずに選択することはアクションのスピードを低下させてしまう。

しかし、失敗を恐れてしまう場合選択に時間が必要になり、トレードオフの関係と言えそうだ。

期待した回答ではなく申し訳ないが、少しでも自分の選択が満足になるようになってもらえれば幸いだ。