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コミュニケーションを減らすという前提。

sports 選択

人は認知的負荷を嫌う。
わかりきったことを説明されることを好まないという経験をした人は多いのではないだろうか。
自らが理解していることを認知の負荷を利用して再確認することをここでは認知的な負荷としている。

野球であればいちいち素振りが何かという説明をすることはほとんどない。
説明するわずらわしさを感じるのは、説明する人もされる人も同様だろう。

では、なぜ今回このわかりきったことを取り上げたのだろうか。
ただ面倒なことを1から考える必要などないということも、ある意味間違いではない。
人の認知的な負荷を嫌うことがもたらすものはスポーツでのコミュケーションの誤差が生じる要因かもしれない。
そのためもう一度自分の思考フローと向き合うことが機会になればと考え文章にしてみた。

素振りでもただ振るだけでなく、ストラクゾーンを9分割してそのコースごとにバットを振るということでは100日後には全く違った結果を生むだろう。
どこに着目しているかで私たちの望む結果は違ったものになる。

この人が説明を嫌うことも着目する視点次第では、かなり重要なことになる。
ピッチャーでボールのキレがなくなり打たれるのが170球前後の選手がいるとする。
球数を自分でどの程度投げたかを理解していると考えており、投球練習の球数も含めて計算していたとする。
ここまでの文章から解釈すると球数はその投手が全力で投げた数を示している。
つまり、キャッチボールや遠投、牽制球などを含めてその日1日の全力で投げた球数まで把握している必要がある。

「球数がどのくらいか」という言葉の球数を説明しなければ選手は理解しにくいだろう。
野球にしようする専門用語全てを説明するにはチームの練習時間のリソースが足りないということから選択が必要になる。
ではここから理解できたものは、言葉の概念の確認は人の認知的な負荷を必要とするために嫌うことから省略されることが多いということだ。

私たち自身は、思慮深くそして慎重に選択していることがほとんどかもしれない。
だが、前提として認知的な負荷を利用する作業を嫌うということからするとどの人でも言葉の概念理解の省略は発生する可能性がある。
私たちは思った以上に思い込みの中にいる生き物なのかもしれない。

だとすると私たちができることは言葉の確認をどこで行うのかということになる。
重要なポイントを経験や知識を活用して確認フローを設けて致命的な失敗をさけるということに使えるだろう。
しかし、これは1つの提案であって、人の認知的な負荷を減らすものではない。
本当に必要なのは、リソースをどのように使用するかが考慮された行動特性を把握した計画になりそうだ。

 

以上、認知的な負荷と判断したコミュニケーション(デメリットメリット関係なく)を減らすという前提から考えたことでした。